通勤中に交通事故に遭った場合は、労災の問題となります。しかし、寄り道した場合に通勤中といえるか、などの難しい問題があります。また、労災保険と自賠責保険、または健康保険のどれを使用してよいかという点は、一般的には知られていません。そこで、通勤中の事故について、詳しく解説をしていきます。
労災保険とは
労災保険は、労働者が仕事中(通勤途中も含みます。)にケガをしたり、病気になった時、お亡くなりになったときに、必要な補償を受けられるようにして、労働者やご遺族の生活を守る制度です。
そのため、企業には、労災保険への加入が義務付けられています。
通勤中の交通事故と労災保険
通勤中に交通事故に遭ったら労災扱いなのでしょうか。
朝会社へ行く途中や、帰り道に交通事故に遭うこともあると思います。
意外と知らない方も多いのですが、これは「通勤災害」という扱いになり、労災保険が適用されます。
通勤災害とは、「通勤によって労働者が被った傷病等」と定義されます。 この場合の「通勤」とは、就業に関し、
(1)住居と就業場所との間の往復
(2)単身赴任先住居と帰省先住居との間の移動
(3)就業場所から他の就業場所への移動を合理的な経路及び方法で行うこと
をいい、業務の性質を有するものを除くものとされています(業務の場合、「業務災害」という扱いになります。)。
なお、通勤の途中で逸脱または中断(例えば寄り道など)があると、その後は原則として通勤とはなりません。
もっとも、日常生活上必要な行為(日用品の購入など)について、やむを得ない理由により最小限度の範囲で行う場合には、逸脱または中断の間を除き、合理的な経路に復した後は再び「通勤」となります。
通勤か通勤ではないかという点で、争いになることがあります。これを、「通勤遂行性」と「通勤起因性」の問題と言います。
「就業に関し」とは
通勤災害における通勤というには、移動行為が業務に就くため、または、業務を終えたことにより行われるものであることが必要です。簡単に言うと、仕事に行くため、または、仕事帰りということになります。
なお、遅刻やラッシュを避けるための早出など、通常の出勤時刻と時間的にある程度の前後があったとしても、就業との関連性は認められます。一方で、極端に時間がずれる場合には、問題となることもあります。
「住居と就業場所との間の往復」とは
住居とは
住居とは、労働者が居住して日常生活の用に供している家屋等の場所で、本人の就業のための拠点となるものをいいます。誰でも生活の拠点(一番わかりやすいのが、自分の家)があると思います。その拠点をイメージしてください。
労働者が、就業のために、家族の住む場所とは別に、就業場所の近くにアパートを借りて、そこから通勤している場合には、そこも住居となります。
さらには、通常は家族のいる住居から出勤するものの、別のアパート借りていて、早出や長時間の残業の場合にはアパートに泊り、そこから通勤するような場合には、家族の住居とアパートの双方が住居と認められることもあります。
就業の場所とは
就業の場所とは、業務を開始し、又は、終了する場所を指します。
一般的には、会社や工場等の本来の業務を行う場所を言います。
また、難しい説明になりますが、「外勤業務に従事する労働者で、特定区域を担当し、区域内にある数か所の用務先を受け持って、自宅との間を往復している場合には、自宅を出てから最初の用務先が業務開始の場所となり、最後の用務先が業務終了の場所となる」とされています。
「合理的な経路及び方法」とは
就業に関する移動の場合に、一般に労働者が用いるものと認められる経路及び方法を言います。
合理的な経路については、通勤のために通常利用する経路であれば、複数あったとしても、それらの経路はいずれも合理的な経路となります。
また、当日の交通事情により迂回する経路、マイカー通勤者が貸し切りの車庫を経由して通る経路など、通勤のためにやむを得ず取る経路も、合理的な経路となります。
しかし、特段の合理的な理由もなく、著しく遠回りとなる経路をとる場合などは、合理的な経路とはなりません。
例えば、普通なら車で1時間で着くところを、遠回りしてドライブしながら4時間かけて向かうという場合は、合理的とは言えないでしょう。
次に、「合理的な方法」については、鉄道、バス等の公共交通機関を利用する場合、自動車、自転車等を本来の用法にしたがって使用する場合、徒歩の場合等、通常用いられる交通方法を平常用いているかどうかにかかわらず、一般に合理的な方法となります。
「移動の経路を逸脱し、または中断した場合」とは
逸脱とは、通勤の途中で、就業や通勤と関係のない目的で合理的な経路をそれることをいいます。
中断とは、通勤の経路上で、通勤と関係のない行為をおこなうことをいいます。
これらは、争いになることが多く、有名な裁判例も複数でています。
しかし、通勤の途中で経路の近くのコンビニに寄ってジュースやたばこを買う場合や、公衆トイレに寄る場合など、ささいな行為をおこなう場合には、逸脱や中断となる可能性は低いです。
通勤の途中で逸脱又は中断があるとその後は原則として通勤とはなりませんが、これについては法律で例外が設けられており、日常生活上必要な行為であって、厚生労働省令で定めるやむを得ない事由により最小限度の範囲で行う場合には、逸脱又は中断の間を除き、通勤となります。
厚生労働省令で定める、逸脱や中断の例外となる行為は以下のとおりです。
(1)日用品の購入その他これに準ずる行為
(2)職業訓練、学校教育法第1条に規定する学校において行われる教育その他これらに準ずる教育訓練であって職業能力の開発向上に資するものを受ける行為
(3)選挙権の行使その他これに準ずる行為
(4)病院又は診療所において診察又は治療を受けることその他これに準ずる行為
通勤災害と認められないケースとは
これまで述べてきたように、必要以上に遠回りして帰宅したり、帰宅途中で知人との飲み会に行くような場合には、通勤災害と認めらない可能性が高いと言えます。
労災が発生した場合の給付請求の方法
給付の内容に応じて、労働基準監督署へ給付申請を行うことになります。
申請後、労働基準監督署の判断を経て、支給の決定がなされれば、給付を受けることができます。
例:
①療養(補償)給付
労災病院や労災指定病院等を受診・治療する場合には、当該病院に「療養(補償)給付たる療養の給付請求書」を提出し、請求します。
それ以外の医療機関を利用して受診・治療した場合には、費用を立て替えた上で、労働基準監督署に「療養(補償)給付たる療養の費用請求書」を提出し、請求します。
例えば、治療費や薬代、器具の費用、施術費用などが給付の対象になります。
②休業(補償)給付
労働基準監督署に「休業(補償)給付支給請求書」を提出し、請求します。
③障害(補償)給付
労働基準監督署に「障害(補償)給付支給請求書」を提出し、請求します。
④傷病(補償)年金
労働基準監督署が職権で行うため、請求は必要ありません。
⑤介護(補償)給付
労働基準監督署に「介護(補償)給付支給請求書」を提出し、請求します
書類の様式や記載する内容等に不明な点があれば、労働基準監督署の窓口等で相談しながら申請手続きをすることもできます。
もっとも、手続きが煩雑であると思われる方もいらっしゃると思います。
そのような場合には、弁護士に依頼することも考えられます。
労災保険以外の保険について
健康保険の場合
通勤災害と認められた場合は、健康保険は使用できません。
健康保険は、業務または通勤が原因ではない傷病に対して支給されるものであるからです。
※健康保険法55条1項及び、国民健康保険法56条では、「被保険者に係る療養の給付(中略)は、(中略)労働者災害補償保険法(中略)の規定によりこれらに相当する給付を受けることができる場合には、行わない」旨の規定があります。
よくある質問として、通勤中(仕事中)にケガをしたにもかかわらず、「会社に迷惑がかかるから、健康保険で治療するようにと上司から言われたのですが、どうしたらよいでしょうか」というものがありますが、それでも健康保険は使用できません。
労災保険や自賠責保険を使用するようにしましょう。
自賠責保険の場合
交通事故の場合、相手の車は、原則として自賠責保険に入っています(強制加入)。
それでは、通勤災害の場合、相手の自賠責保険に対して請求をすることはできるのでしょうか。
結論として、自賠責保険は使用できます。
自動車事故の場合、労災保険給付と自賠責保険による保険金の支払いのどちらかを先に受けるかは、被災者自身が自由に選べます。
自賠責保険から保険金を先に受けた場合(「自賠先行」といいます。)には、自賠責保険から支払われた保険金のうち、同一の事由によるものについては、労災保険給付から控除されます。
要は、二重取りはできませんということです。
また、労災保険給付を先に受けた場合(「労災先行」といいます。)には、同一の事由について自賠責保険からの支払いを受けることはできません。
どちらを選んでも、「二重取り」はできません。
ただし、項目がちがう部分は、両方から受け取ることができます。
自賠責保険は、仮渡金制度があり、労災保険給付よりも支払いの幅が広く、例えば、労災保険では給付されない「慰謝料」が支払われます。
また、自賠責保険では、休業損害は原則として100%支給されます(労災保険では80%(休業(補償)給付60%+休業特別支給金20%のみ。))。
また、自賠責保険のほか、事故の相手が加入している任意保険や、ご自身が加入している自動車保険の「人身傷害特約」も使用できます。
通勤災害の場合に、どの保険を使用するかは、「過失割合」も考慮にいれて選ぶ必要があるので、専門家に相談できる環境にある場合は、すぐに相談することをおすすめします。
なお、治療した結果、症状が残ってしまった場合は、自賠責保険と労災保険のいずれに対しても、後遺障害等級の認定の申請をすることができます。
審査の基準はどちらも同じですが、一般的には、労災保険のほうが自賠責保険によりも、後遺障害が認定されやすい傾向があるといわれています。
過失割合との関係は、かなり説明が長くなるため、別のコラムで説明します。
まとめ
通勤災害については、そもそも労災と認められるか、どの保険から利用していくかなど、複雑な問題が存在します。
通勤途中に事故に遭われた際には、お早めに弁護士に相談されることをお勧めします。
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